WOW SPRING的ウツウツ生活

地球は今日も生きている。そこでぼくらは生きている。生命すべてが平等である。
地球がぼくらを育ててる。ぼくはその恵みに感謝する。心に笑顔と、ありがとう。
余計なモノは、省きたいモンだ

ボクは風呂上がりにはパンツを履かない。いわゆるノーパンだ。寝るときもスウェットの下は全裸である。下着などは昼間しか着けない。


以前、トーク番組で裸族についての話題で盛り上がっていた。矢口真理は寝るときは全裸で、あややはノーパンだそうだ。みんな、素敵。


部屋では全裸で過ごすと話していた人もいた。みんな、裸族の仲間だ。



ボクも生粋の裸族だ。露天風呂などで、自然の太陽の下で裸になると、自分が生物であることを実感して幸福になる。


自分の部屋では誰にも迷惑を掛けることはないので、出来る限り裸に近い状態でいたいと感じて、現にそうしている。


寒さ凌ぎは仕方ないにしても、下着や服を着るなんて、洒落臭いのだ。



それは、心も同じだ。心には、防御とかの本能で、余計な衣を纏ってしまう。人間関係を円滑にするためにも必要になる。


でも、心を何か余計なもので覆うと、不透明になることもある。それによって自分自身を見失う場合もある気がするのだ。


本音も本心も自ら隠してしまい、人との間に壁を作ってしまうようだ。



ボクはもう、何だか疲れた。生きることは諦めていないけれど、心が疲れている。裸になって、心を温泉に漬けて解したいのだ。


心のマッサージは、どうすればいいのだろう。まずは、余計なモノを省かないといけない気がする。邪魔なモノは脱ぎ捨てよう。


人と衝突するのなら、裸の心で思い切りぶつかって砕けてみればいい。


人は、生きているだけで傷つけ合う。ならその傷を自分で観てみたい。


余計な衣を纏っていては、心の傷も癒えないようにも感じてきている。



ちなみに、グラビア・アイドルのイメージ・ヴィデオで評価の分かれ目は、水着の下にアンダーを着けているか否かだそうだ。


水着の下にアンダーのラインが見えると興ざめになるのだと。そりゃそうだ。水着は直に履くもんじゃ。往生際の悪さはダメ。


ボクも昔プールの監視員をしていた頃は、直ビキニで裸も同然だった。


それは恥ずかしいことじゃない。潔さが、心身の爽快感になるものだ。


口の中は義歯だらけだし、病気だらけで余計なモノばかり抱えている。

それには抗えないので、せめて省けるものは省いてしまいたいと想う。

昨日はポカポカぬるい陽気だったので、夕方には、しばらく裸でいた。


ボクは露天風呂に入ると、心が柔らかくほぐれる。これが至福の時だ。


坊のリクエストに応えて、バカボン・パパの顔を借りてセミヌードだ。

今度は、もっと絞って、鍛えて、セクシーなヌードを披露しないとな。
| 雑感 | 03:13 | comments(2) | trackbacks(0)
マイナスとマイナスでプラスに

マイナス×マイナス=プラス。なんて算数みたいにならないのが人生だ。


マイナスとマイナスが重なれば、更なるヘビーなマイナスに進化する。それはもう面倒な怪物であり、太刀打ちなどは出来ない。


ボクは昨年末からずっと負の連鎖に呑み込まれていて、マイナスのエネルギーが心や体に充満して、息苦しい感じになっている。


ちょっとしたタイミングのズレが重なり、大きな段差が出来ている。それに躓いて転けて、心から血を流していたりもしている。



今日は病院の日だったが、父の病院に重なっていたために、病院の梯子をして何だか疲れている。病院はただえさえ疲れるのだ。


車に乗っている間の数十分、ボクと父は一言も口を聞かない。ひたすら沈黙が空気を重たくして、それに耐えるだけで疲れるわ。


もう、先生との話など面倒で、適当に端折って処方箋を書いてもらった。



午后には母と車で買い物に行ったが、そこでも間の悪いことが多かった。


ちょっとした出来事なのに、心に重たい鉛が流し込まれる。それがじんわりと固まって、心が動かなくなってしまうようだ。


何かを考えることも出来なくなる。車を運転しながら、ふと意識が遠のいて行く感じがして、我に返る。危ない、危ないだ。


こういう時には、渋滞を避けようとして、わざわざ遠回りをしている。



胃腸の調子が悪いのに、揚げ物を買ってしまった。メンチカツなど食べる気がしないので、結局そばを茹でて食べたりした。


ユニクロでカラージーンズが990円だったので買った。でも安いから買ったので嬉しくはない。なら、なぜ買ったのだい。


こんな調子が日々続いている。お金は入って来ないのに、出ては行く。



家に帰ると、部屋に籠って、横になる。そして、女の子の笑顔満載のヴィデオを観賞するのだ。もう特効薬はこれしかない。


でも特効薬は、すぐに効き目がなくなる。ずっと女の子ばかりを観ている訳にもいかないのだ。バカになりそうな気がする。


で、今日もらってきた薬の仕分けもせずに放ってあるので、整理しないといけない。それが面倒だから、飲み忘れたりする。


おいおい、お前さんよ。ちゃんとしようぜ。と自分に言い聞かせよう。



どうにもならないみたいなので、やっぱり困った時の彩ちゃん頼みだ。


| 試練 | 00:30 | comments(12) | trackbacks(0)
泣きたいとき、なぜか泣けない

26 喧嘩


 夕方の作業が飽和状態の時に、出版社で男の先輩と口論をしてしまった。とても後味悪くてひどく落ち込んでしまい、部屋に帰ってきても気分が落ち着かない。

 ビールを飲んでみたけれど、美味しくないし酔えない。それでも二缶空けてから、夕食を簡単に済ませた。こんな時には、ユージに愚痴メールでも送りたいのをぐっと我慢してみる。嫌な気分のまま一方的な言葉を放ってもろくな事がない。それでもたぶん、ユージは優しく聞いてくれたりするのだから、あたしはつい甘えてしまう。それに、ユージは今、自分の抱えている問題で精一杯なのだろうから、甘える訳にはいかない。


 代わりにルイちゃんにメールをした。女同士なら判ってくれると想ったのだ。

 でも、ルイちゃんからの返信はなかった。あたしは、自分の一連の行動に自己嫌悪を感じながら、またビールに手を伸ばした。悪い癖だ。


 今日の口論は、冷静になって考えれば、あたしの方が悪い。それを後になって気付くのだから、余計に落ち込んでしまうのだ。仕事のことで感情的になることはいけないことだと判りつつ、つい感情の方が冷静な判断より勝ってしまったのだ。

 声を荒げた自分にも驚いたけれど、それに対して感情を剥き出しにした相手にも驚いて取りつく島もなくなってしまった時に、タイミングよく編集長が間に入ってくれた。あたしは、その瞬間に急激に感情のやり場をなくして、訳もなく泣きそうになってしまった。情緒不安定なのかもしれない。

 何が不安なのか判らないから、余計に不安になるのだ。ここ一年くらいは、色々なことがあり過ぎて、自分でも抱え切れないものを少しずつ取りこぼしているような焦燥感に突然襲われたりする。心にすきま風が吹いているようで、それを塞ごうとして穴の開いた所を探すのだが、それが余計に負の連鎖を呼び寄せてしまっていることがある。今日はまさにそんな日だった。


 夜の11時を少し廻った頃にルイちゃんから返信メールが来た。

 <ユキちゃんらしくないね。どうしたの?

  仕事での揉め事はイヤだけれど、何が原因だったのかな。

  あまり感情的になると、どんどん悪い方に流れていっちゃうよ。

  よかったら、まだ起きているから、電話してね。>

 という、短いものだった。


 あたしはルイちゃんの言葉に甘えて、すぐに電話をした。

 『あっ、こんな遅い時間にごめんね』

 『ううん、いいの』

 ルイちゃんは、相変わらずの穏やかな口調でそう言ったけれど、どこか疲れているようにも感じる。

 あたしは、挨拶も程々に、その出来事の詳細を話した。少し声が強かったかもしれないと感じたけれど、抑えられなかった。

 『う〜ん、難しいね。仕事のことはよく判らないけど、どちらかと言うとやっぱりユキちゃんの方が悪いよ』

 客観的にそう言ったルイちゃんの言葉が意外だったので、あたしは返答に困ってしまい、しばらくは沈黙に頼るしかなかった。

 『やっぱり、そうなのかな。確かにあたしは半人前なのに、生意気なことを言ってしまったと自分でも想っているけど、でもあの人もあそこまで感情的に言わなくてもいいと想うんだけど』

 それについては、ルイちゃんは何も言わずにただ聞いている様子だった。

 『誰でもピリピリしてしまって、感情を抑えられない時はあるじゃない。まさにそんな感じで、タイミングが悪かったと言えばそれまでなんだけど、男の人の荒げた声って暴力に感じるんだよね』

 『でもさ、根本的な原因は、ユキちゃんの方にあるみたいだから、それについても考えた方がいいよ』

 『意外。ルイちゃんは、あたしの見方だと想っていたのに』

 あたしは、自分の放ったその言葉をすぐにでも取り消したい衝動に襲われた。言ったそばから後悔した。

 『ごめん。ルイちゃんを責めるのは違うよね』

 『何だか、今日のユキちゃん、少し変だよ』

 『うん、変かもしれない。でも、そういう時ってあるじゃない。誰でも』

 またしても、モヤモヤした頭から直接、心のフィルターを通さずに、直に感情を剥き出しに声を昂らせてしまった。

 また気まずい沈黙が、電話を通して二人の間に横たわった。あたしは、少し冷静になろうと深呼吸をしてみた。ルイちゃんは、電話の向こうで黙ったままだ。


 『ルイちゃん、ごめんね』

 『ううん、あたしもね。何だか調子悪くて、きついこと言ったみたい』

 『ルイちゃんも負の状態なんだね』

 『そうかもしれない。ちょっと疲れているの。色んなことがうまく行かなくて躓いてばかりなの。転んで心のあちこち怪我しているみたい』

 『そんな時に電話なんかして、ほんとごめんね』

 『いいの。あたしもユキちゃんの声を聞けば落ち着くかなってどこかで想っていたから、お互い様かもね』

 『そう言ってくれると救われる』

 『感情をコントロールするって、難しいよね』

 『危なく、ルイちゃんとも喧嘩するところだった』

 『そう言えば、二人で喧嘩したことないね』

 そうなのだ。いつでも、あたしより歳下のルイちゃんの方が自分を抑えてくれているんじゃないだろうかと想う。

 あたしは、ついそれに甘えて自分を貫こうとする癖が出てしまう。いつでもルイちゃんがそれを感じて、取り繕ってくれていたんだ。

 ユージの場合は、年齢的にも精神的にも遥かに大人なので、どんなにあたしが感情的になっても、いつでも喧嘩にすらならない。時にはユージも感情を剥き出しにして口論でもしてみたい気もする。喧嘩をしてみて、その後の仲直りを味わってみたいなんて贅沢な悩みだろうか。


 『ルイちゃんも色々あるんだね』

 『そりゃ、ね。生きていれば、誰だって色々あるよ』

 『だよね。あたしバカみたいなこと言っている。自分本位なんだね』

 『私だって、すべてを投げ出して、どうにでもなれって。そうな時もあるんだよ。それをあまり見せないけれどね』

 『ルイちゃんは、強いよね』

 『強くなんかぜんぜんないよ。強くないから、踏ん張って生きようと必死になっているのかもしれない。もっと感情を表に出せたら楽かもしれないと時々感じるよ。でもねそれが出来ないの』

 『やっぱり強いんだよ。少なくともあたしよりは。あたしは自分の感情を抑えるなんて出来ないもん。すぐ顔に出ちゃうし』

 『そこがユキちゃんのいい所だよ。自分を隠さない。想っていることを口にするって、なかなか出来ないことだよ』

 『ルイちゃんは、いつも内に秘めちゃうのかな』

 『うん、人には、何を考えているのか判らないって、よく言われる』

 『二人はまったく逆で、出し過ぎちゃうあたしと出せないルイちゃん。ちょうどいい具合になれればいいのにね』

 『そう。うまくいかないから、お互いに引き合うんじゃないかな』

 『ルイちゃんには失礼だけれど、人間関係がうまく築けない者同士で、お互いを学びの教科書にしている部分はあるかもね』

 『うん、親友なんて言える人は私には今までいなかったから、ユキちゃんの存在はとても大きいよ。私の何かを引き出してくれていると想う。感謝しています』

 『感謝するのは、あたしの方だよ』

 あたしは、我が儘だし、自己中心的な所がある。それを自制出来ない部分もあるから、自分を抑制するルイちゃんみたいな人を知らず知らずに傷つけていることもあるかもしれない。いつもと違って弱っているルイちゃんと話をしていて、そう感じる。

 もしかしたら、喧嘩することも時には必要なのかもしれない。相手の本音が引き出せることだってあるのだし。ついさっきのように、気まずい雰囲気になると、お互いの間に流れる空気の温度差を無視することが出来ない。

 ユージとは、まだ喧嘩らしいことは一度もしていない。そこに少なからずの測ることの出来ない距離を感じているのは否めない。まだ、あたしの中にまだ何かを疑う気持ちが残されているのかもしれない。言いたいことを遠慮なく言ってもらえることで、安心することもある。ふと、そんなことを感じてしまった。

 

27へつづく


なんて、妄想フィックション25のつづきです。喧嘩なんて、子供の頃からあまりした記憶がない。ボクはずっと内に秘めるタイプの人間だった。特に幼い頃にそういう癖がついてしまったようだ。大人の顔色を伺いながら、いつも気を遣っていた。ので、自分の主張とかをしなかった。言われるがまま、仕向けられるがままだった。
そういう因果か、大人になってから主張を始めたので、かなり強引な感じがある。まっすくストレートな言動が、人との衝突を招くのだ。これは喧嘩というより、寛解の相違のような取り返しのつかないことになる。相容れない状態になると、もうその人とは縁が切れるような不器用なまでのあり方に自分でも大きく反省を促す。喧嘩をして、仲直りなんて、してみたいものだ。 
| フィクション | 03:13 | comments(2) | trackbacks(0)
古い水夫も新しい海に出るのだ

昔、ちょうど40年前の吉田拓郎の名曲に『イメージの詩』というのがある。いつでも新しい発見があり、ボクの心に響く。


歌詞はものすごく長い。けれど、言葉の勢いがすごくて、ぜんぜん長くない感じがする。ボクは今でもこれをよく聴くのだ。


その歌詞の中に、こういうのがあって、気になるのだ。



 古い船には 新しい水夫が乗り込んで行くだろう


 古い船を 今 動かせるのは 古い水夫じゃないだろう


 なぜなら 古い船も新しい船のように 新しい海へ出る


 古い水夫は知っているのさ 新しい海の怖さを



これを当時、二十歳そこそこの青年がなぜ書けたのか判らないけれど、ボクは今、この歳になって、その奥深さに頷くのだ。


新しい海へ航海に出る怖さを知っている者は、それに怯えるだろう。ボクはまさにいま、新しい海へ出られないままでいる。


古い船であろうが、新しい船であろうが、未知なる新しい海に出ることに変わりはない。新しい海は怖くて仕方がないのだ。


ボクは何度も新しい航海に出ては、いつでも沈没して、腑抜け状態になっている。


海の怖さを知れば知る程、航海に出る前の、デッキに踏み込む勇気さえないのだ。



単なる意気地なしであり、弱虫である。自分が船など漕げるのかさえも不安だし、海に出ることも不安ばかりで怯えている。


でも、いずれ新しい海に出なくてはいけない。いつまでも陸で自堕落に過ごせはしないのだ。海に出て、何かを得なくては。


ボクは何かを諦めたままの古い水夫として、船を降りてから陸に座り続けている。

ボクのような古い水夫でさえ、新しい船を漕いで新しい海にでなければいけない。


この40年前の『イメージの詩』を本家吉田拓郎の元、彼のバックでデビューした浜田省吾が唄っている。素晴らしい航海になった。

演奏する拓郎始め、リー・スクラー、ラス・カンケルなど一流ばかりで、彼らも古い水夫だが、古い船を漕いで新しい海に出ている。

ボクはこのエネルギーに勇気をもらっているのだが、まだ新しい海に出られない。

ボクにとって憧れの人たちである彼らから心を動かされているのだが、動けない。

どれだけの勇気を総動員すれば、心と体は動くのだろうか。ボクにはわからない。

| 試練 | 02:11 | comments(4) | trackbacks(0)
すべて去ったあとの、夜は白い

ボクは最初に引きこもりになってからすでに30年経つので、近所ではそういう人間だということは浸透している。


当然、親戚でも色々と噂されていたり、忘れられていたりもする。それは家族や友人などでも変わらないのである。


友人たちは、ダメな人間とのレッテルを貼られて、みんな去って行った。


家族も、腫れ物のように扱い、触れない。見ない。いないものとしたい。


鬱だとか心身症だとかは、ただの怠け癖だとしか考えていないのだろう。



もう、そんな『人でなし』『人間のクズ』としての扱われ方にはすっかり慣れてしまい、そんな自分にも慣れている。


一度レッテルを貼られたら、それを剥がしても剥がした後が残る。人はそれを見て、ある種の蔑視の眼差しをくれる。


以前、ボクは寂しさには慣れるものだと言ったけれど、慣れって、怖い。


何も感じなくなることがある。人の白い目も無視も、気にならなくなる。


父や兄に視線を逸らされても、いつものことだと、ボクも視線を逸らす。



ボクはここ数ヶ月、毎晩一日も欠かさずに悪夢を観ている。ウナされて目覚めるからすべて内容を覚えている。


今晩の夢は、険しい崖を必死に昇って、果てしなく長い幅の狭い石段を下った後に、川を渡る時に溺れたのだ。


まあ、こんなのはぜんぜんマシな方だ。殴り殺されたり、ナイフで腹を下から裂かれたりもした。毎回死んだ。


この悪夢にも慣れてきている。どんな悪夢も、現実よりは遥かにマシだ。


変な汗を掻いて、夜中に飛び起きると、現実がそこにある。死んでない。


そんな風に、夜はとっても白いのだ。深く暗い夜は黒くなくて白いのだ。



なので、昨日は高校生の時に文化祭で弾き語りをした拓郎の唄を唄った。


唄うことが大好きだったけれど、変声期に声帯を痛め、唄えなくなった。


かすれた聞き苦しい唄声に嫌気がさして、ギターで唄うようにしたのだ。


オルガンやベースも弾いた。でも、やっぱり唄うのはダメみたいなのだ。
 
| | 02:33 | comments(8) | trackbacks(0)
少し自制をしなくちゃいけない

ボクは最近、というか、抗鬱剤を飲み始めてから、ブクブク太り始めている。筋肉も落ちて来て、お腹周りに脂肪がスゴい。


さて、どうしたものか。少しは自制をしなければいけない。過食なのだ。


もう収拾がつかなくなるくらいに苦しくなるまで、ひたすら食べ続ける。



おまけにアルコールも行けるので、これもヤメられない。量的には大したことはないのだが、つい飲んでしまう。ついなのだ。


いい加減、自分の自制心のなさに呆れている。どこで自制するのか、自分を試そうとしているのだが、自分に甘いヤツなのだ。


でも、このままだったら、間違いなく大変なことになるだろう。持っているジーンズは履けなくなり、ポッコリお腹の中年だ。


おまけに運動不足も極めている。日々、体力の低下を認識させられている。


どこかでけじめを付けて、自制しよう。そうしなければ、自分が可哀想だ。


強欲と傲慢な、弛んだ精神の具現が、今のボクの現状だから、それを打破。


これくらいの目標を掲げないと、ボクは本当にダメになってしまうだろう。 
| 模索 | 12:33 | comments(8) | trackbacks(0)
何か変だと感じないのだろうか

相撲の世界って、よく判らない。国技だなんだって、外国人だらけで、もうそんなことどうでもいいじゃないかって。


民主主義の国で正当な選挙を行っていながら、一門とか裏切るとか、しくみが訳が判らない。不透明ながら丸見えだ。


トップ・ニュースに朝青龍だ。あーだの、こーだのあって、挙げ句に引退。その裏には色々あるんだろうけれど、ね。


人気が騰落しているとか、日本人が弱いとか、国技をヤメちゃえば楽なのに。



このようなオカシなニュースでテレビはいっぱいだ。もう一つ一つを追求する気さえしないのだ。色々オカしいから。


そう言うボクもどうかしているから、人のことなど言えた立場じゃないけど。



ボクの住んでいる所には川が流れている。昔は工場からの排水で紫とか緑の水が流れていたけれど、ここ十年くらで綺麗になった。


川魚も増えてきて、それを食べに、野鳥もたくさん飛来してきている。川沿いに散歩をしていると、カワセミに遭遇したりもする。


そこで、野鳥マニアたちが、大量に巨大なカメラを抱えてやってくるのだ。



車で乗り付けて、川沿いの道路は路上駐車が連なっている。立派な車にはお揃いの鳥のシール。いつも片側通行状態になっている。


自然を愛しているのか。鳥を愛しているのか。カメラを愛しているのか。それはボクの知る由もない。彼らの自由であるのだから。


でもさ、排気ガスを出す車に乗って、違法駐車を平気でやっていて、近所の住人に迷惑を掛けていても、何も感じないのだろうか。


違法駐車の取り締まり強化なんて言いながら、警察は何をしているんだろ。



この川には遊歩道もあるので、車で犬を連れてきて、遊歩道で散歩をさせている人もかなりいる。これも、路上駐車しているのだ。


犬の散歩のためにどこからか車でやってきて、違法駐車を平気でしている。これも住民のことなど考えもしていない人たちなのだ。


ボクはこの川沿いに暮らして数十年経つけれど、様々な人間の欲が観える。


みんな自然を愛している顔して、自分の欲を満たすことに一生懸命なのだ。



誰もがいい思いをするためには、常識は考えなくてもいいと勝手に思い込んでいることを見ない振りが出来るんだ、と想えるのだ。


自分さえよければいいじゃん。楽しい気分でいいじゃん。バーベキュー?迷惑掛けているなんて知らないよ。って車でやってくる。


そんな人たちで溢れている。自然を楽しもうなんて、なんて不自然なんだ。車も自然も同列に便利なものとして利用しているのか。

いい思いをしたいなんて、何か変だと想わないのか。不思議なのが人間だ。

自分も人間を何十年かやっているけれど、未だによく判らない生物なのだ。

世の中がよくなればいいと想うなら、まずは自分自身から変わらなければ。

なんて、ふと想ったりもする。お前はどうなんだ? と自分に問い掛けて。
| 雑感 | 00:33 | comments(5) | trackbacks(0)
歳と共に新鮮であり続けること

今日は音楽に基づいた話なので、至極つまらないと想う。実際は音楽の話じゃない。


ボクは音楽は『ナマもの』だと想っている。その瞬間に来ては去っていく時間を切り取る、心を記したその瞬間生まれた生き物。


例えば、譜面に記された物は記号でしかないくて、それを生身の人がどのように生き物に蘇生するか、で音楽になるのだと想う。


ボクは独学で音楽をやってきたので、譜面は何とか読めるけれど、それに頼った演奏は出来ない。ある意味、真剣勝負の即興だ。


表現とは、それまで自分を生きてきた証としてそれをどう示せるかだと感じている。



だから、昨今のカラオケをバックに口パクなんて論外だし。ラップはラップという別のものであり、音楽だとは想ってはいない。


これは個人的な見解なので、自分の中でそう想っているだけのこと。ラップが好きな人は好きでいいし、それは否定などしない。


音楽はメロディとハーモニーとリズムの3次元空間だからこそ、限られた音符の中でこそ無限に広がりを持ち、生きると感じる。



そこでボクが想うのは、音楽は生まれた瞬間に、新鮮である続けることがいかに難しいかということだ。たぶん音楽に限らない。


すべての想像や創造は、この宇宙空間に存在するあらゆるものをいかに発見して、その命を活かすことが出来るかだと、想える。


絵画も、色と形というすでにこの世に存在しているものを活かして、その人の心を通じて生命に置き換えたものの具現化だろう。



でもロックやポップスなどその歴史の浅い音楽は寿命も短い。時代に媚びた商業的な部分も否めないから、流行廃りがあるのだ。


本当にいい音楽は古くならないとボク個人は想っている。懐かしいと感じるものと古く感じるものが違うのは、鮮度のあり方だ。


どんなに古い音楽でもまったく鮮度を落とさないものもある。例えばビートルズなどは最たるものだ。いつ聴いても発見がある。


バッハやモーツアルトなども新鮮であり続けるのは、それが本物だからだろう。



そこで、現役の演奏家という話。ロック・ミュージシャンの命は短い。60歳を過ぎて現役バリバリな人は数える程しかいない。


ところが、ジャズ・ミュージシャンは、死ぬまで現役でいる人が多い。80歳でも新鮮な音を生む人だって大勢いたりするのだ。


例えば、渡辺貞夫さんは現在70歳を越えても、孫のようなアメリカの新進気鋭と互角に渡り合って、自分の音像を探している。



ある意味、年齢と共に進化している。マイルス・デイヴィスなどはその象徴のような天才で、音楽が生きることに繋がっていた。


現状に満足することなく、マンネリにならない自分を常に生み出していた。同じ自分でありながら、更なる自分になろうとする。


ジャズは難しいとか、馴染みにくいと言う人もいるけれど、その瞬間に精一杯の生命を生む、すごく判り易い音楽だと想うのだ。


音というのは、空気の振動であり、それを心の震えで感じればいいだけなのだ。



生きることに疲れた時、ボクはいつもジャズを聴く。そこには、いつでも新鮮である続けようとする生命力に満ちあふれている。


この空間に無限の広がりを求めて、空気を震わせる。それが少しでも大きく広がろうとする心から生まれる演奏に惹かれるのだ。


音楽は生物であるというボク個人の勝手な見解で、何かを批判するつもりはさらさらないけれど、いい音楽を聴いていたいのだ。



ボクが敬愛するノルウェーのヤン・ガルバレクは年齢と共に進化し続けている。


人を愛し、すべてが愛で満ちるように願い、音楽で愛を示す勇気ある冒険者だ。

カッコよく歳を重ねている人のサックスが唄う。ボクはその命の鼓動を感じる。

一つの振動が、更なる振動を生み、新鮮な空気が広がる。実にシンプルなのだ。
 


ヤンと同じく、このピアニストもただのデブハゲのオヤジじゃなく、カッコいい。

人は容姿ではなく、内面から滲み出るものを見極める。だから音楽の話じゃない。
| | 00:22 | comments(4) | trackbacks(0)
ストレス溜る、日本人の心空間

昨日は歯医者で都心まで出掛けたが、やっぱり人混みには疲弊する。久しぶりにかつての会社のあった場所から歩いたりしてみた。


もう飲食店などは、色々と違う店になっていて、建物自体も変わっている。これも世の中の流れなのか、もの凄い違和感を覚える。


それにしても、新宿は人が多く、前日の雪など後方もなく消えてなくなっている。



ボクはサラリーマン時代に一番嫌いだったのが通勤だ。東京の混んだ電車は苦痛以外の何ものでもない。毎日が拷問のようだった。


人には、パーソナル・スペースという、これ以上は近づいてほしくない他人との距離を取ろうとする意識があるが、東京にはない。


普通ではあり得ないような尋常じゃない鉄の箱に人が充満している。体臭も口臭も気にしていられない距離に知らない人達がいる。


ボクは臭覚が敏感なので、これもストレスになって仕方なかった。お酒の匂いも不快だけれど、特にタバコの匂いは、最悪だった。


まあ、東京などの都会に暮らしていたら、混んだ電車は避けられないこと。



それに加えて、東京は道路事情も劣悪だ。いつでもどこでも渋滞していて、マナーの悪い人も少なくない。自転車や歩行者も同じ。


都会の道路は、自動車と自転車と歩行者が『皆、安全に』なんて望めない。特に自転車の扱いはヒド過ぎる状況だとボクは感じる。


日本の道路は、自転車が走るには向いていないので、法律でも自転車は迫害されて行くようだ。走りにくければマナーも悪くなる。


ボク住んでいる家は、最寄り駅からかなり遠いので、自転車がないとかなり不便なのだ。雨が降ろうと槍が降ろうと自転車に乗る。


ところが、傘をさしての自転車運転が厳しくなっているのはなぜなんだ?



諸悪の根源は、マナーやルールを守らない自分本位の身勝手な人が多過ぎるせいだろう。一部の人間のせいで、虐げられた自転車。


これはいったいどうしたもんだろうか。マナーの悪さは自転車のせいでなく人のせいないのに、自転車が虐げられるのは理不尽だ。


この人間の傲慢さの象徴的な問題から、根本的な部分をそっくり見ない振りをしてしまえる日本人。暮らしやすい訳がないのだよ。


これが、今の日本において、人々が抱えるストレスの最大原因だとボクは常々感じているのだ。人が集まる場所はストレスが溜る。


それぞれが考えなくてはいけないから、ボクは自分に出来ることを考えてみる。



人がみな自分のことしか考えなくなると、その人々が集まる公共の生活空間はストレスの温床になる。たぶん、これはこれから更に悪化するだろう。


やれ不況だ。治安が悪化している。政治がオカしい。なんて言っている場合ではないだろう。まずは、自分自身を見つめ直すことじゃないだろうか。


どこかで、それに気付く人が一人でも増えて行かない限り、日本はどんどん精神的にも狭い国になってしまうような危機感を抱いてしまうのである。



日本は国土が狭く、道路や住宅事情も劣悪だけれど、それは工夫して改善して行くしかない。本当の問題は、心空間が狭くなってしまうことだろう。


人は集まり、ぶつかったりもするけれど、それは体でなく心のように感じる。

ささくれ立った心が、すれ違い様に、お互いのささくれに引っ掛かるような。

ボクは、必要以上に疲労したようだ。帰りの電車では意識が朦朧としていた。


ボクは、部屋に帰ると、この唄を聴いた。嘆きの唄じゃなくて、希望の唄だ。

| 模索 | 00:22 | comments(8) | trackbacks(0)
綾瀬はるかにハズレはないのだ

ボクは自分でも画像をアップしているので、よくユーチューブを観る。観出すと止まらない感じで次々に愉快なものが出てくる。


基本的には音楽から入ったのだ。貴重な映像を発掘していたけれど著作権等でつまらない感じなので、スケベなものに変更した。


まあ、これは最近始まった話ではないので特別なことじゃない。



まるで性に興味を覚え始めた中学生みたいに、女子アナのパンチラとかを観て喜んでいるオバカである。精神年齢がかなり低いのだろう。


女性タレントの発掘映像とかもいいのだが、何より自分の素を出したエロ・トークは実に愉快だ。この手で一番多いのが、眞鍋かをりだ。


主に深夜番組などにおいてエロ全開というか、普段通りに自分の友達と話しているような具合であんなことも平気に口にしたりしている。


他にも素を出している感じの映像は、普段テレビで観られない。



そこでユーチューブ関係でボクが一番好きなのは、綾瀬はるかだ。もうこの人の名前で検索して出てきたものにハズレがないくらい豊富。


昔のグラビア時代のプヨプヨ体型の頃から天然モロ出しで、いい。今でもかなりポニョな感じだが、自分でもそれを隠そうとしていない。


いつもいつも笑顔でユルイ感じのはるかちゃんも、最近はどんどん綺麗になって来ている。観ていて笑顔になれる。これが一番いいのだ。


ボクの中では、このはるかちゃんと上戸彩ちゃんが双璧だ。溜らない。



最近は女優として人気実力共に上がってきているが、ぜんぜん天狗になっていないのもいい。もう可愛い過ぎて、溜らない感じなのだ。


二人とも、周りの人を幸せにする女性だとボクは勝手に想像している。


彩ちゃんは満面の笑みが耐えない。はるかちゃんはやんわり朗らかだ。



笑いというものは、計算や演技ではなかなか誘えないものだ。人を泣かせることより遥かに難しくて奥が深い。だから素晴らしいのだ。


はるかちゃんは、どんどん女優さんらしくなってきて、顔も凛としてきたようだけれど、庶民的な身近さも失わない貴重な人だと想う。


人の笑顔が、更なる笑顔を誘う。笑顔の輪を広げることが出来る人はいい。
 


ちなみに、『おっぱいバレー』という映画で主演女優賞を取ったはるかちゃんが、何で男がそんなに『おっぱい』にこだわるのか不思議に想っていたら、映画で競演した中学生たちが必死になって自分のパンツをみようとしていたので、なるほど『男って可愛いな』と想ったそうだ。

そんなユルイ感じが、可愛さを醸し出しているのだとボクは想う。
| 女性 | 00:07 | comments(6) | trackbacks(0)
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